2010年8月10日火曜日

キャッシュ・マネージメント

銀行で「キャッシュ・マネージメント」というとネッティングやプーリングなどの多国籍企業向けの流動性管理商品を指す。よって企業財務担当者も銀行員も「キャッシュ・マネージメント」といえばそれらの商品のことしか思い浮かべないが、実際のファイナンス理論では、企業のビジネス・オペレーションに必要なキャッシュ(現金)を如何に最適なレベルに保つかということを指すので、もっと幅広く考える必要がある。

では実際にキャッシュが必要な理由を考えてみる。まず、企業が活動を続けるにあたって必要な日々の支払いの為。これはトランザクション・モーティブ(Transaction Motive)と呼ばれるものである。次に予期しない出費に備える為。これはプレコーショナリー・モーティブ(Precautionary motive)。さらに、M&A(合併&買収)のように、さらなる経済価値を生み出す投資をする為。これがスペキュラティブ・モーティブ(Speculative motive)。最後にお金を預ける代わりに銀行などから情報を得る為。コンペンセーション・バランス・モーティブ(Compensation balance motive)。これら4つのモーティブ(動機)が一番良く知られているものである。

では実際のキャッシュ・マネージメントとはどのようなものか、以下詳細を見ていきたい。

流動性管理
これはキャッシュ・ポジション管理を指すが、日々のポジション管理であるキャッシュ・バランス・マネージメントと、もう少し長い期間のポジション管理であるファンド・マネージメントの二つに分けることが出来る。前者は、受取・支払利息や口座残高を最適に保つ為、口座を日々モニターし管理することであり、後者は投資や融資などある期間をまたがるポジション管理である。

キャッシュ・フロー管理
キャッシュ・フローとはその名の通り、お金の出入りのことである。つまり支払いと受取りを如何に管理するかと言うことである。具体的には、送金数、及び送金手数料を減らしたり、仕向送金(支払)を遅らせ非仕向送金(受取)を早めることでキャッシュ・フローを向上させたりすることである。これは売掛金と買掛金の管理であり、言い換えれば運転資金管理ともいえる。

その為にはキャッシュ・フロー予測が非常に重要となる。残念ながら多くの会社でキャッシュ・フロー予測は信頼度が低いと思われている。だがよく考えて頂きたいのは、企業の資金の動きとはすなわちその企業のビジネスが作り出すものであり、実際には予測可能な内部情報なのである。もっと言えば、金融市場や経済の傾向などをまとめた情報よりも安上がりで確実なのである。正確な予測はさまざまな手数料を削減し、収益を上げることに貢献する。実際に予測を向上させるために「受取・支払の分析」、「統計分析」、「貸借対照表分析」などが有効と言われている。

予算
多くの会社で「予算」は独立して扱われることが多い。元々予算とは企業が何に支払い、それを如何に支払うかということである。つまりこれまで見てきたコーポレート・ファイナンス(資金調達法)、ファンド・マネージメント(流動性管理)、運転資金管理(キャッシュ・フロー管理)などである。またファンド・マネージメントにはスペキュラティブ・モーティブのように、さらなる経済価値を生み出す投資(つまり新しい企業買収やR&Dの為の予算)だけでなく、価値を生まない投資からの撤退(資産売却)も含まれる。またキャッシュ・フロー管理の中のキャッシュ・フロー予測も同義であるといえる。

ネッティングやプーリング
上記に述べたキャッシュ・マネージメントを効率的にするツールがネッティングやプーリングである。基本的にはキャッシュ・マネージメントを効率的にしなければやっていけない規模の会社でないと、このツールを使う意味はあまりない。これらのツールは規制、税法、会計法など障害が多いため、導入に(システムによっては導入後も)手間とコストばかりがかかるからである。実際に、これらのツールの謳い文句は支払利息や為替コストの削減、支払数とその手数料の削減、短期投資リターンの向上、リスク・マネージメントの向上など色々あるが、どこのサービスプロバイダーをどのように使いこなすかによって、随分その効果も変わってくるのである。よって導入前に、何をどうしたいのか、目的をはっきりさせておく必要がある。

最後にまとめると、企業にとってのキャッシュ・マネージメントとは現金と近い将来現金化されるアイテムのフローの管理であり、最適なキャッシュ・マネージメントとは現金の残高を最低限に保ちながら、リスク増加させたり、収益を減少させたりすることなく投資した(或いはこれから投資する)資産からのリターンを増やすことである。


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2010年8月6日金曜日

取引銀行

今日のキャッシュ・マネージメントを語る上で、取引銀行は重要な位置を占める。企業のお金の大部分は銀行口座にあるのだから、当然と言えば当然であるが、実際にはそれ以上の理由がある。

まず一番にあげられるのが融資だろう。企業の主な調達手段でもあり、邦銀の収入のメイン所でもある。元々日本には「メイン銀行」という言葉が存在する通り、贔屓に取引する銀行をがっちり固めているのが大抵の上場企業の現実である。これは銀行が株主であるという現実もあり、フラフラ別の銀行に浮気ができないシステムである。そういう力関係もあってか、別世界から銀行に入ると「どちらがお客さんですか?」と思えるような企業財務担当者と銀行担当者の関係も存在するのである。基本的にバブル経済崩壊後、株の持合の解消や、銀行の貸し渋りなどにより、企業の方も「いざと言う時に銀行はアテにならない」という意識を高めており、積極的に違う銀行との関係を築こうとする動きもある。とはいえ、外銀の営業職につくとこの「メイン銀行」の壁はかなり厚いと言える。

企業の財務担当者に話を聞くと、大企業であるほど取引銀行数が多い。これは企業が大きくなれば、事業ごと、支店ごと、子会社ごと、とねずみ算式に銀行数が増えていくからである。とある日本企業では欧州だけの合計で60もの取引銀行があるそうである。各生産拠点、各販売拠点ごとに4~5の銀行と取引をしていればそれ位になるし、それが必要数であるとのことであった。ここまでの規模になっても数が減らせないのなら、如何に効率よくそれらを管理するかがポイントになってくる。技術の進歩により、銀行のシステムもどんどん進化しており(一部システムに投資していない銀行もあるが・・・)、大抵は別銀行の口座もコンピューターで一元管理が出来るようになってきている。

一方でもう少し規模の小さい企業の場合、逆にものすごく少ない数の取引銀行しかない場合もある。聞くところによると、バブル前まではそれでも二桁の取引銀行があったのに、邦銀がどんどん合併していって、口座が統一されてしまってこの数になってしまったとのこと。邦銀だけでは心配なので、逆に外銀との関係も築きたいとのことであった。何もしなくても様々な銀行が営業に来る大企業とは全く逆の悩みである。また取引銀行数が少ないと言うことは、享受できるサービスに限りがあったり、そのコストがものすごく高かったりもする、ということである。

銀行も勿論ボランティアで商売をしているわけではないので、儲かる客と、そうでない客に対してサービスに差をつける。特に外銀の場合それが露骨なので日系企業は戸惑う場合が多い。「邦銀は親切なのに、外銀はサービスが悪い」というのは良く言われることで「外国は文化が違うからサービスがないのではないか?」と思われがちだが、実際には銀行に儲けさせない会社だからサービスを享受できないというのが事実である。銀行に儲けさせてないのにサービスがいい場合は、その企業を足がかりに日本マーケットに参入したいなどという下心があるからである。

また取引銀行の名前や格で企業の信用力をみたりするからと言う理由で、銀行も選ばないといけない。銀行で働いていると他行の得意分野、不得意分野が良く見えるが、不得意分野で提供できるサービスも明らかに他より劣るのにも関わらずその分野のセールスを伸ばす銀行があったりするが、それなどまさに「銀行の知名度」で決めた最たる例であろう。また会社によってはお金を払って銀行との関係を続けていることもあるが、これなども会社の信用度を維持する為の必要経費と言える。

このように見ていくと、取引銀行数は多すぎず、少なすぎず、かつ適度に銀行を喜ばせる収入も与えながらも、払いすぎず、という微妙な管理が必要なのである。投資の世界では「全部の卵を一つのかごに入れるな」とよく言われるが、取引銀行も似たようなことがいえる。今回世界全体に影響を及ぼした金融危機なども良い例だが、何かあった時でも必ず逃げ道があるのは企業としての強みになるであろう。その意味、世界で有名な大企業(含:外資)は、各銀行の強みを見定めた上で、上手に銀行を使い分けていると言える。



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2010年8月3日火曜日

カントリー・リスクの実例

実際に通貨に関する規制は財務担当者の頭痛の種である。例えば露ルーブルなど典型的な例であるが、2年前の銀行でかかわった時には露ルーブルの国外持ち出しは禁止、ロシア外からの資金調達も禁止、おまけに外貨の利息受取はロシアの銀行を通さないといけないとか、それはそれは細々と色々な規制が存在した。言ってみればロシア政府の考え方は、「ロシア内でビジネスをするにはその利益を100%ロシアに還元しろ」ということに尽きると思われる。その規制の目をかいくぐって色々知恵を絞ったものである。とある企業は弁護士や会計士を使ってありとあらゆる質問をつくり(勿論、自分達がやりたい方向性に誘導するものであることは言うまでもない)、その正式回答を何かあった時の為の保険として一応逃げ場を作ってから、資金移動スキームを作っていた。

さらにその時に聞いた話であるが、ロシアの税務署では不正をみつけていくら罰金を課したかによって、その税務所役人のその年のボーナスが決まると言う、冗談のような話もあるらしい。では実際にはどうなるかというと、とにかく色々難癖をつけて罰金を取り立てるそうである。最終的に企業は納得がいかず不服を申し立て、結局全部罰金を取り戻すと言う構図が成り立つ。役人もそこのところを知っているから、自分のボーナスアップの為に当たり前のように罰金を請求してくるらしく、怒る気も失せる様な話である。

またとある企業は船舶関係であったが、大体船はギリシアがらみが多いようである。いわゆる船のキャプテンとやらがギリシア人ということである。そうすると公然と袖の下を要求されるそうである。勿論渡さないと仕事にならないが、そのような現金に請求書や受領書がもらえるわけでもなく、いかに処理するかがその会社にとっては問題であった。仕方なく税務署にその理由を説明し、毎年いくらまでなら賄賂として処理してもよいか金額を設定してもらったという嘘のような本当の話である。

またあるIT関連の企業はインドにかなり大きい子会社を持っていた。インドもまたロシアと同じく通貨の移動が難しい所で有名である。ただこの企業の場合はそうとう大きい子会社でかなりの雇用をインドで生み出しており、その自負もあった。つまりこの企業とインド政府の関係は企業として政府に圧力がかけれる位(と実際にその財務担当者が言っていたそうだが、そこには白人優位主義があるのではないかと思うのは私がアジア人だからだろうか・・・)であり、結局規制の例外を堂々と取り付けていた。この辺の交渉の図々しさ(?)を謙虚な日本人はもっと見習ってもいいのかもしれない。

あと周知の事実がアジア内での不法コピーである。一時期安い労働力を求めて全てを中国の工場に移し、最終的に最新技術をコピーされて多大な損害を受けた日本企業は、最新製品は日本での生産に戻したと言う話も聞くが、デジタルのコピーは防ぎようがない。例えばマイクロソフトの最新ウインドウズなど発売されてしまえば簡単にコピーできてしまうからである。これらの不法コピーによる売り上げのロスは毎年相当額(ソフトウエアだけで毎年3000億ドル強のアジア内の売り上げロスとか?)になるそうである。日本のアニメなども同じように不法コピーされインターネットで垂れ流し状態になっているが、一方でそのおかげで国際的な日本アニメブームを生み出したという反論もある。その真偽はともかく、コピーできてしまう商品の場合、不法コピーを取り締まるより別のビジネスモデル(例えばiTunesなどで簡単だが安価でCDやビデオなどダウンロードできるシステムなど)を考える時期に来ているともいえる。



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2010年8月2日月曜日

取引リスクヘッジの実例

為替リスクのうち、取引リスクヘッジをするかしないか判断の基準のひとつなる計算方法を紹介する。

会社Aが90日後に€100,000必要とする。また現時点の90日フォワードレートが1€ = $ 1.3とする。90日後のスポットレートが1€ = $ 1.24 ~ $1.38の間で動くと仮定、そのレートになる確率(確率分布)を下の表のよう(コラム左1&2列目)にしたとする。

90日フォワード契約をした場合、€100,000を買うのに$130,000 必要となる(コラム左3列目)。またフォワードではなくスポットレートで取引した場合、予想されるレートごとに計算するとコラム左4列目のようになる。最後のコラム左5列目はフォワードとスポット取引の差額となる。

次にこの差額がどの割合で実際に起こるかを計算する。例えばコラム1行目はスポットレートが$1.24 となり、スポット取引の方がフォワードより$6,000お得になる確率が5%となる。(5% x $6,000 = $300)
全てのレートを同じように計算してその合計を出すと次のようになる。
∑ = 5% ($6,000) + 10% ($4,000) + 15% ($2,000) + 20% ($0) + 20% (-$2,000) + 15% (-$4,000) + 10% (-$6,000) + 5% (-$8,000) = -$1,000

つまりこの確率分布で行くと、フォワード契約をしたほうが$1,000お得となる可能性があるということになる。またスポットの方がコスト安となる確率はこの場合30%(5% + 10% + 15%)となるので、フォワード契約はヘッジ方法として有効な手段と言える。但しこれはあくまでも確率であり、実際にはどうなるかは誰にもわからないのが為替市場である。よってこのような計算が役に立つのかと言われれば身も蓋もないが、判断の一基準としてこういう方法もあるということを知っておいて損はないだろう。



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2010年8月1日日曜日

為替リスクヘッジの実例

しばらく理論が続いたので、今度は実際に企業がどのようにリスクヘッジしているのか、銀行員時代にみた分かりやすい例を使って見ていきたい。

オランダのとある欧州統括販売会社では、仕入が米ドル、売上がユーロとなっていて、この米ドルは社内レートに基づいて決済されていた。つまりいつも米ドルが不足していて、ユーロから米ドルへの為替が必要であった。

この会社では社内レートより実際の為替レートが良くなった時を見計らってはフォワード契約をしていた。そのフォワードも割合を決めて仕入れの総額に対して何%は1年、何%は2年、何%は3年と。私が銀行員としてかかわった時期の最高のフォワード契約は3年半。但し、為替レートがさらに良くなるかもしれないという期待も見越して、何%かそのまま残してはスポットと決めていた。

この方法で行けば、取引リスク、及び一部の経済的リスク、換算リスクを回避できることになる。完璧なリスクヘッジは存在しないが、この会社のようにしっかりした方針を決めてヘッジをするのは有効な方法と思われる。



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