2010年9月28日火曜日

運転資本マネージメント

運転資本(ワーキング・キャピタル)とはビジネスを「運転」していく上で必要な資本を指し、流動資産と短期負債との差額のことである。短期負債は企業の支払い義務であるから、その義務を果たして尚且つビジネスを運転するのにどれだけの現金、及び現金化しやすい流動資産がまだあるか、ということであるから、運転資金がプラスであることが好ましいのは言うまでもない。

実際に流動資金は在庫、売掛金、現金(含:有価証券など)から成り立っており、短期負債は買掛金とその他ローンなどから成り立っているので、運転資金マネージメントをどのような戦略でするかによって、現金や在庫の量、顧客の支払い条件、業者への支払い条件などが影響されることになる。

では例を使ってそれらの詳細を見ていく。下の表はA社とB社のバランスシートである。












この2社の運転資本は
A社 = 60 + 40 + 100 - 30 - 50 = 120
B社 = 125 + 130 + 5 - 100 - 40 = 120

このように全く同じである。では違いは何か?
1.A社の運転資本は現金保有量が大きい為、流動性が高い。つまり、急な支払いがあってもA社はすぐに支払いができるのに比べ、B社は売掛金の回収に依存せざるをえない。

2.A社の買掛金は30で、B社は100である。つまりB社のほうが支払わなければならない請求書をたくさん抱えていると言うことである。よってB社はA社よりここでも流動性が低いことになる。

すなわち、運転資本がプラスであっても、流動性の「質」も問われるということである。実際にはこの質はバランスシート上の5つのアイテム(在庫、売掛金、現金、買掛金、短期ローン)によって決まる。現金についてはキャッシュ・マネージメントで、短期ローンについてはコーポレート・ファイナンスのマッチングで触れているので、ここでは在庫、売掛金と買掛金について見ていく。

在庫にはキャリーイング・コスト(carrying costs)と呼ばれる在庫を保有・維持するのにかかる費用と、ショーテージ・コスト(shortage costs)と言って在庫不足によって生じる機会損失の二つのコストがある。但し、キャリーイングコストを削減する為に、在庫を減らしすぎて在庫がなければショーテージ・コストが生じ、それを避ける為に在庫を増やすとキャリーイング・コストが増加するというように、この二つのコストは互いに対立する。すなわち両方のコストが最小になるように多すぎず、少なすぎず在庫を持つ必要があるということである。

では売掛金と買掛金については次回さらに詳しくみていきたい。



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2010年9月20日月曜日

キャッシュ・プーリング2

前回に引き続き、今回はキャッシュ・プーリングのメカニズムについて述べたい。

各銀行が提供するシステムは、サービス名称や会計などの処理方法によって資金の認識方法が変わってくる為、一見違うサービスに思えることもある。しかしながら過去3行で働いた経験によると、どの銀行でも基本の部分は同じであり、いたってシンプルなものである。

ではこの基本部分とはどんなものか?
これは一般に、スィープと呼ばれる自動的に資金移動するサービスとプーリングと呼ばれるいくつかの口座残高を相殺するサービスの2種類だけで、後はこれを企業の形態やニーズにあわせて色々組み合わせていくだけである。ではこの2つの詳細を見ていく。

スィープ
二つの口座をリンクさせて資金移動するもの。大抵はオートスィープと言われるように、自動的に決められた口座が決められた残高になるように、資金が移動するものである。

図1
例えば左の図1のように口座Aと口座Bがリンクしていて、経常口座が口座Bとする。すなわち口座Bの残高は日中絶えず変化する。一番基本的なスィープは口座Bの毎日の最終残高がゼロになるように設定される。すなわち口座Bの残高がプラスなら全資金が口座Aへ送られ、口座Bの残高がマイナスなら口座Aからマイナス分をうめる資金が届く仕組みである。

口座Aと口座Bの所在国が違えば、クロスボーダー(国境を超えた)・スィープと言われる。当然スィープを自動で起動させるには銀行のシステムを使うわけであるから、銀行のシステム上、出来ることと出来ないことがある。例えば、口座Bがある国にプーリング提供銀行の支店、又は提携銀行がなくてオート・スィープが設定できない場合、口座Bから口座Aへ、又は口座Aから口座Bへ普通に送金すればマニュアル・スィープとなる。但し一々送金を起こすのが面倒な場合には、このような細かいシステムの差がプーリング提供銀行を決めるポイントになることもある。

また銀行によっては、口座Bの残高をゼロだけでなく自由に設定できるサービスを提供している。例えば、口座Bの残高を絶えず1,000ユーロにしておく、といった具合である。また口座の記帳が煩雑になるので、スィープの最低金額を決めておけるサービスもある。例えば、スィープの最低金額が5,000ユーロだった場合、口座Bの残高を毎日ゼロにするのでなく、5,000ユーロ以上になるまで待ってからスィープされるということである。またこの例の前者と後者を組み合わせると、口座Bの残高が6,000ユーロ以上になって始めてスィープされ、口座に1,000ユーロ残る。

では法律、及び会計的な視点からこのスィープを見ていきたい。
もし口座Aと口座Bの名義が同じだった場合、法律上も会計上も何も変わらず、名義会社の現金として認識されるだけである。ただ口座のある場所が違うだけの話である。ところがこの名義が違うと「資金移動の理由」が必要になってくる。大抵はグループ会社内でスィープとプーリングを設定するので、この場合資金が動く方向によってグループ会社に対する「貸付」と「借入」が発生することになる。すなわち会計上、別項目になるわけである。当然それに対する書類を整備しなくてはいけないので、導入時のこの手の契約書は大抵煩雑極まりない。また財布の紐を握られることによる抵抗(分かりやすく言えば、奥さんに1円単位でお小遣いの出入りを管理されている旦那さんのようなもの)もあるので、通常はなかなかスムーズに導入できないのが現状である。

とはいえ連結決算で考えると、グループ間ローンは相殺できるため、最終的にはバランスシートを圧縮することが出来、故にあらゆるファイナンシャル・レシオも向上する、という効果もある。

プーリング
大抵はスィープで各地から集めてきた残高を相殺するために設定されるのがプーリングである。
図2

イメージとしては左の図2のような感じで、赤い線で囲ってある口座が相殺される。口座名義はスィープの所でも述べた通り、どの名義になっていても良いが、要はその相殺を銀行のシステムで出来るか、出来ないか、というだけである。

大抵の銀行の場合、相殺した最終残高がマイナスであれば、オーバードラフト(当座貸越)やローンとして認識する為、あらかじめファシリティ(貸越枠)を設定しなければならない。またプーリング参加のメリットを出す為に、各口座に金利をつけて参加会社に還元したりするが、この辺も銀行によって金利の受払をどの口座でするか自由に設定できたりすることもある。

何年か前まではこのプーリングは通貨ごとに相殺していたが、銀行によってはさらに進めて多通貨で相殺出来るサービスもあり、そのシステムを上手く使って安い金利で資金調達をして、高い金利で引き出すといったキャリー・トレードをしている企業もある。

またアジア地域では現地通貨の移動に様々な制限がかかるため、これらを動かさずに相殺できるシステムを持っている銀行もある。これをプーリングを呼んでしまうのは規制などの観点から賛否の分かれる所であるが、多国籍企業グループとして各グループ会社の残高を相殺できるという意味では同じ類のサービスであることには違いない。

実際にどういったサービスがその企業にあっているのかは、その企業の事業形態や地域、その他のニーズによる。但し、これらの仕組みは理論上は単純だが、銀行システム上はかなりシステム開発を必要としたりする為、昨今ではシステムを持っている銀行にサービスのアウトソースする銀行もでている。とはいえ、システムに対する依存が大きいこのようなサービスの場合、システムトラブルがあると銀行側で行員がマニュアルで訂正したり(これがまたさらなるミスを生んだりする訳だが・・・)、ということも度々起こるため、目先の損得や、これまでの銀行との付き合いだけでなく、やはりシステム開発を惜しまず安定的なサービスを提供でき、それらのフォローをしっかりしてくれる銀行を選んだほうが得策といえる。特にこのようなサービスを一度導入するとなかなか簡単に違う銀行に変えられないことから、なおさら、である。


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2010年9月10日金曜日

キャッシュ・プーリング1

キャッシュ・マネージメントと銀行で言えば、そのままプーリングを指す事が多い。ではプーリングとは何か?スィープと呼ばれる機能なども含めて細かいメカニズムは後述するとして、まずはプーリングの概略から述べていく。

まずは何もしていない状態の多国籍企業の財務状況を想像して頂きたい。多地域でそれぞれの財務担当者がそれぞれのオペレーションに必要な資金管理をしているとすると、分散されたマニュアル・オペレーションは企業にとって運転資金のコントロールが効きにくいという事を意味し、最終的に企業の流動性へ少なからず影響を与える。これを解消する為に考えられたのが前回でも述べたキャッシュ・マネージメントの集中化である。

この集中管理をする為の銀行商品がいわゆるプーリングやスィープなどと呼ばれるものである。実際にプーリングは、多通貨のキャッシュ・ポジションを自動管理できる為、コスト削減ができる効率的な運転資金管理ツール、又は流動性管理ツールなどと言われる。

ではこの様なシステムを必要とするのは一体どんな企業なのか?実際に銀行がターゲット顧客としているのは、多国籍企業で拠点が世界中にあり、多地域にプラスとマイナス両方のキャッシュ・ポジションをもっている企業である。これらの大企業が導入した際のリサーチでは、為替及び送金手数料のおよそ1.5%が削減できたという結果や、6ヶ月でシステム導入費用を取り戻せるなどという結果もある。しかしながら近年のリスク・マネージメント強化の風潮から、財務効果がなくとも管理体制の観点から導入している企業も増えているのが事実である。

実際に銀行側も、昨今の情報技術や電気通信などの発達により、これらの商品をより洗練されたものに開発してきている。例えば、多通貨を纏めて管理(相殺)できる多通貨プーリング、参加地域の拡大(東欧、アジアなど)、自動機能の拡大、などが最近目立ってきている傾向である。これは多国籍企業がますますグローバル化し、扱う通貨や地域が拡大していること、そのニーズがさらに高まっていること、またその影響か外為法や税法の簡素化、または国際共通化などが理由として考えられる。

では次回はそのメカニズムについて触れたいと思う。


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2010年9月7日火曜日

キャッシュ・マネージメントの集中化

業務の集中管理(セントラライゼーション)は企業の規模が大きくなればなるほど必要とされることである。管理体制がきっちりしていない所に事業の拡大をすると、大抵どこで何をやっているのか把握できなくなってしまう。しかし集中管理をすることで、さまざまな業務のプロセスを社内で統一でき、これによって社内体制の透明化にもつながるのである。つまり、最近の企業が存続するのに必要条件とされるリスク管理やコンプライアンスという分野にも好条件をもたらすため、多国籍企業のキャッシュ・マネージメントの集中化は好まれる傾向にあると言える。

但し、集中管理にもメリットとデメリットが存在する。ここではその両面をあげてみたいと思う。

メリット

  • 情報が集中化することで、タイミングよく、効率的に社内のキャッシュを管理できる。
  • 扱う管理規模が大きくなる為、金融機関などからの情報提供やサービスが向上する。
  • いざと言う時の為の現金を各拠点で管理する必要がなくなるので、会社全体の現金保有量を削減することが出来る。
  • キャッシュ・フローがまとまることで、フローの波が相殺されることで安定し、流動性が向上する。
  • 安く調達、高く運用できる場所を選ぶことができるので、支払利息を削減し、受取利息を増加させることが出来る。
  • 市場、送金手数料、為替リスク、税金優遇などを比べ、一番条件の良い場所を選ぶことができる。
  • 会社全体で純利益を上げるための財務管理が纏めてできるようになる。
  • 知識や経験の共有がさらに向上する。
  • 同じ業務量を少人数で出来るようになり、人件費や経費削減につながる。
  • 赤字拠点を黒字拠点で補って相殺できる。
  • 人為ミスのリスクの削減
  • 会社の財務ポリシーの管理が容易になる。
  • さまざまなファイナンシャル・レシオが向上するため、信用格付けや企業価値が向上する。


デメリット

  • 収益の大部分はビジネスにおいて作り出されるので、財務部分の集中化だけでは効果は限られる。
  • 各地での情報が減り、さらにその場所ごとの好機やメリットが配慮されない。
  • 現地でのノウハウの蓄積が減少し、キャッシュ・マネージメントの重要性が放念される。
  • 権限がトレジャリー・センターに移行するということは、財布の紐を親に握られるようなものであるので、現地では受け入れられにくい。
  • 現金が一つの銀行に集まることで、銀行取引が減り、競争原理が働かなくなる。
  • 銀行の売掛金受取口座を変えることが難しい為、なかなか全ての現金の同日付けバリュー管理(無駄に現金を普通口座に寝かせて一晩こさないこと)は難しい。
  • サービス提供銀行がよくなくても、同じ理由で簡単に変えられない。
ざっと見ただけでもこれだけある。現在、いわゆる大企業と呼ばれている会社はなんらかの形で現金の集中管理をしている。色々な規制などを鑑みて、大抵は地域ごと(アジア、欧州、アメリカなどのよう)に分けてそこで集中管理した上で、世界全体を管理するという形が多い。大抵の銀行の場合、この地域ごとの集中管理をするサービス(スイープ、プーリング、ネッティング、金利優遇商品など)を提供しているが、中には1つ上の世界ベースの管理を売り物にしている銀行もある。また世界統一管理する為に、銀行間で使うSWIFT(送金や情報のやり取りの為のシステム)を使って自社で集中管理する会社も出てきている。

これまでのトレンドは、大企業から始まったこのキャッシュ・マネージメントの集中化がもう少し規模の小さい中企業へ浸透していった所に思える。但し、この集中管理を導入してかなり経つ企業では、デメリットを少なくする為に試行錯誤しているのが現状である。


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